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横浜地方裁判所 平成7年(ワ)2338号 判決 1999年12月17日

横浜市<以下省略>

原告

X1

横浜市<以下省略>

原告

X2

右同所

原告

X3

横浜市<以下省略>

原告

X4

右原告ら訴訟代理人弁護士

武井共夫

右原告ら訴訟復代理人弁護士

野呂芳子

東京都千代田区<以下省略>

被告

新日本証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

高芝利仁

横山真司

主文

一  原告らの主位的請求を棄却する。

二1  被告は、原告X1に対し、金二二三万八二四一円及びこれに対する平成七年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告X2に対し、金二九一万四五〇一円及びこれに対する平成七年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告X3に対し、金三〇万円及びこれに対する平成七年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告は、原告X4に対し、金二六〇万円及びこれに対する平成七年七月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告X4を除く、その余の原告らのその余の予備的請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第二の1ないし4項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  主位的請求

被告は、

1  原告X1に対し、二一五四万〇六三五円

2  原告X2に対し六九三万八五七〇円

3  原告X3に対し六〇万円

4  原告X4に対し一〇〇万円

及びこれらに対する本訴状送達日の翌日(平成七年七月八日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は、

1  原告X1に対し、二一五四万〇六三五円

(内金一六〇万円については、4記載のX4との不真正連帯債権)

2  原告X2に対し六九三万八五七〇円

3  原告X3に対し六〇万円

4  原告X4に対し二六〇万円

(内金一六〇万円については、1記載のX1との不真正連帯債権)

及びこれらに対する本訴状送達日の翌日(平成七年七月八日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要及び当事者の主張

一  事案の概要

原告らは、被告の顧客として被告に対し金員を預託する趣旨で、被告の外務員であった訴外B(以下「B」という)に対し金員を交付したが、その一部しか返還を受けていない旨主張し、被告に対し、主位的に右預託金残金の返還を求めるとともに、予備的にBが原告らから金員を受領した行為が不法行為に当たると主張して、被告に対し使用者責任に基づく損害賠償を求める。

被告は、原告ら主張の金員交付の事実そのものを争うほか、仮に原告らとBとの間に何らかの金員交付があったとしても、右は原告らとBとの個人的な関係に基づいて交付されたものであり、被告が受託したものではないと主張して、右金員の返還義務及び使用者責任を争う。

二  前提事実(末尾に証拠を摘示するもののほかは、当事者間に争いがない。)

1  被告は、有価証券の売買、媒介・取次・代理等を業とする証券会社である。

Bは、昭和五七年に被告に入社した外務員資格を有する外務員であり、昭和五八年九月から被告の横浜西口支店(以下「被告支店」という)に勤務していた。

2  原告X1と訴外C、原告X3と原告X2原告X4と訴外Dは、それぞれ夫婦である。

また、CとDは姉妹であり、同人らの弟EはBの夫の姉の夫であったが、Bが平成二年に離婚し、自らも離婚した後、Bと内縁関係にあったものである(証人B、同C、同Dの各証言)。

3(1)  原告X1は、昭和五八年九月一六日、被告支店に取引口座を開設し、平成七年一月一七日まで、長期間、多数回にわたり株式、転換社債等の取引を継続してきた(乙第一号証、第二号証の一ないし二四)。

また、C及びその子であるF、Gも、昭和五八年九月一六日、被告支店に取引口座を開設し、長期間、多数回にわたり取引を継続してきた(乙第一九号証、第二〇号証の一ないし一〇、第二一号証、第二二号証の一ないし九、第二三号証、第二四号証の一ないし二三)。

(2)  原告X2は、昭和六一年一〇月二八日、被告支店に取引口座を開設し、平成五年七月七日まで長期間にわたり投資信託、中期国債ファンドの取引を継続してきた(乙第三号証、第四号証の一ないし五)。

原告X3は、昭和六一年一一月一二日、被告支店に取引口座を開設し、平成五年一〇月一八日まで、長期間にわたり投資信託、中期国債ファンド、株式の取引を継続してきた(乙第五号証、第六号証の一ないし六)。

(3)  原告X4は、昭和五八年一〇月一一日、被告支店に取引口座を開設し、平成五年一〇月二〇日まで、長期間、多数回にわたり投資信託、中期国債ファンド、株式等の取引を継続してきた(乙第七号証、第八号証の一ないし一八)。

また、Dは昭和六二年六月八日、その子Hは昭和五八年一〇月一一日、同Iは昭和六二年一二月二六日、それぞれ被告支店に取引口座を開設し、多数回にわたり取引を継続してきた(乙第二五号証、第二六号証の一ないし一〇、第二七号証、第二八号証の一ないし四、第二九号証、第三〇号証の一ないし八)。

三  主張

(原告の主張)

1 原告らのBに対する金員交付

(以下、原告らがBに対して金員を交付することにより成立したと主張する一連の取引を「本件取引」という。)

(1) 原告X1

原告X1は、Bに対し、被告に預託する趣旨で、別表「X1」欄中「日付」欄記載の日に、同「金額」欄記載の金員の合計三一一〇万三九九〇円を交付した。

右金員のうち、同別表番号28記載の金員一六〇万円は、原告X4が被告に預託するためにDを通じてCに預け、Cがこれを原告X1名義でBに交付したものである。

原告X1がBに対して交付した金員の資金源は、別紙「X1」欄記載のとおりである。

原告X1は、その後、Bから九五六万三三五五円の返還を受けた。

(2) 原告X2

原告X2は、Bに対し、被告に預託する趣旨で、別表「X2」欄中「日付」欄記載の日に、同「金額」欄記載の金員の合計八〇四万八一三七円を交付した。

同原告がBに対して交付した金員の資金源は、別紙「X2」欄記載のとおりである。

同原告は、その後、Bから一一〇万九五六七円の返還を受けた。

(3) 原告X3

原告X3は、原告X2を通じ、Bに対し、被告に預託する趣旨で、別表「X3」欄中「日付」欄記載の日に、同「金額」欄記載の金員六〇万円を交付した。

原告X3がBに対して交付した金員の資金源は、別紙「X3」欄記載のとおりである。

なお、同原告は、その後一切の返金を受けていない。

(4) 原告X4

原告X4は、Bに対し、被告に預託する趣旨で、別表「X4」欄中「日付」欄記載の日に、同「金額」欄記載の金員の合計二六〇万円を交付した。

右金員のうち、同別表番号1記載の一六〇万円は、前記のとおり、原告X4が被告に預託するためにCに預け、これを原告X1名義でBに交付したものである。

原告X4がBに対して交付した金員の資金源は、別紙「X4」欄記載のとおりである。

なお、同原告も、その後一切の返金を受けていない。

2 預託契約の成立

原告らが、被告の従業員であるBに対し、被告に預託する趣旨で前項の各金員をBに交付したことにより、原告らと被告との間で右金員の預託契約が成立した。

3 不法行為の成立

仮に右契約が成立していないとしても、Bは被告の正社員であり、資格を有する登録外務員であるから、証券取引法六四条により、証券取引に関し、被告に代わって一切の裁判外の行為を行う権限を有するものとみなされる。

Bは、原告らに対し、言葉巧みに被告に「客方」という特定の顧客を特別扱いして優遇する取引口座が存するように申し向け、ときには被告作成の正規の用紙を流用する等して、原告らを被告への正規の入金であるかのごとく誤信させ、証券取引の代金として右「客方」に入金させた。

Bの右行為は、①被告を代理するもの、又は②被告の事業の執行に関するもの、若しくは③少なくとも被告の職務と密接に関連するものと考えるべきである。

4 原告らは、被告に対し、前記1の預託金から前記の返還分を差し引いた額の金員の返還を求めたが、被告は、右金員はBが横領したものであるとして返還に応じない。

5 よって、原告らは、被告に対し、

(1) 主位的に、預託金返還請求権に基づき、原告X4を除く各原告について別表の各「預託金合計」欄記載の金額から前記の返還分を差し引いた金員、原告X4について別表の番号2記載の一〇〇万円、

(2) 予備的に、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、各原告について別表の各「預託金合計」欄記載の額から右の返還分を差し引いた金員(原告X1及び原告X4の請求金額の内一六〇万円については双方に同金額の損害が生じているので、両者は不真正連帯債権の関係にある。)、並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の認否・反論)

1 金員の交付について

被告は、原告らから原告ら主張の金員の預託を受けたことはない。

原告らがBに金員を交付したかどうかは知らないが、仮に右の交付があったとしても、右は原告らとB間の個人的な関係に基づく貸借にすぎないから、被告とは無関係である。

2 預託契約について

原告らと被告間に預託契約が成立したとの主張は否認する。

被告は、一般に顧客との間で正規の取引がされた場合、取引毎に取引報告・計算書、お取引明細書(受渡計算書)等の書類を、金銭を受領する度毎に受領証、受付票(累投・債投用)を交付するほか、一年に一回以上預り金残高を記載した対客照合通知書をそれぞれ交付する。しかるに、本件では、原告ら主張の取引には右のような書類も交付されていなかった。

また、一般に、証券実務では顧客勘定元帳のことを「客方」と呼んでいるものであり、原告らの主張するような特別の「客方」なる制度は被告にはなく、だからこそ原告らも、右「客方」についての具体的な説明は受けていないし、資料等も交付されていなかったものである。そして、仮に「客方」なる取引が被告との間の正規の取引であれば、右のような被告作成の正式書類に当然記載があって然るべきであるのに、「客方」なる取引に関する記載は一切されていなかった。それにもかかわらず、被告は、原告らから、「客方」なる取引に関して異議を述べられたことや問い合わせを受けたこともなかったのであるから、原告らも原告ら主張の取引が被告との間の正規の取引ではないことを認識していたはずである。

したがって、原告ら主張の取引は、被告との間の正規の取引ではなく、仮に原告らがBに対し何らかの金員を交付したとしても、C及びDとBとの姻戚関係、原告らと被告との取引経過や右のような事情からすれば、右金員は原告らとBとの間の個人的な信頼関係に基づく貸借によるものであり、被告との預託契約により交付されたものではない。

3 使用者責任の不成立について

(1) 前記のとおり、Bは、被告の被用者たる立場を離れて、原告らとの個人的な特別の信頼関係に基づいて、原告らから個人的に資産運用の委託を受けていたにすぎないから、民法七一五条にいう「被用者」の要件を欠く。

(2) また、前記のとおり、Bは「客方」についての具体的な説明もせず、資料等の交付もしなかった上、原告らが現在保有しているのはBが個人的に作成したノートだけであり、右ノートも小遣い帳ともいえないような正規の取引とは無縁のものであって、原告ら主張の本件取引には、前記のような被告作成の正式書類も交付されていない等、Bの行為は、外形的にみても被告の職務執行の範囲内とはいえないから、民法七一五条の「事業の執行に付き」の要件を欠く。

また、右のような事情からして、原告らはBの行為がその職務権限の範囲内で行われたものではないことを知り、又は知らなかったことにつき重大な過失が存するので、この点においても同条にいう「事業の執行に付き」の要件を欠く。

4 過失相殺について

仮に、被告が何らかの不法行為責任を負う場合であっても、原告らには損害の発生につき過失が存するので、右過失を相殺すべきである。

(被告の主張3、4に対する原告らの再反論)

1 原告らには、被告主張のような悪意又は重過失はもとより、過失も存しない。すなわち、

(1) Cは、昭和六二年及び昭和六三年頃の二度にわたり、被告支店のBの上司に対し、「客方」の存在について確認したところ、存在する旨の回答を受けたため、Bの言を信用したのであって、原告X1には何らの落ち度もない。

(2) 原告X2の「客方」への預託は平成二年一月から平成三年八月までの短期間に集中しており、原告X3の「客方」への預託は一回のみである。また、両原告が取引の際に受領した申込金手数料計算書は、被告の正規の用紙を用いて作成されたものであり、右原告らは、これが正規のものであると信じていた上、原告X2が残高照合書の内容についてBに質問をした際、「客方」に入金された金員は別扱いである旨の回答を受けたため、それ以上に疑わなかったものであり、これを被告が責めることは許されない。

(3) 原告X4は、そもそも証券取引の経験に乏しく、正規の書類について特に意識したこともないし、本件で同原告が請求する金員のうちの一〇〇万円は、中期国債ファンドを購入する資金として預託したものであり、Bから「客方」に入れるという話は一切聞いていなかった。

2 以上のとおり、原告らには、民法七一五条の適用を排除すべき故意又は重過失はなかったものであり、過失相殺の主張も争う。

特に本件においては、原告ら以外にも多くの顧客が同様の被害にあっており、被告は、それらの者に対し不法行為を認めて賠償金を支払っているものであり、原告らだけを別異に扱う理由はない。

第三当裁判所の判断

一  まず、原告ら主張の金員交付の有無、右交付の趣旨、並びに被告の対応等の一連の事実経過を認定する。

なお、被告は、甲第五ないし一〇号証の成立を否認するところ、右否認の趣旨は、右各証の用紙そのものが被告の作成にかかる用紙であることは認めるが、被告の従業員が被告の正規の書類として作成したとの事実を否認するというにあり、証人Bの証言及び原告X2本人尋問の結果によれば、Bが右各証を作成したことが認められるので、右の限度でこれを事実認定に用いることとし、被告作成文書としての成立の真否の判断は後に行うこととする。

1  前記前提事実に、甲第一号証の一、二、第二、第三号証、第四号証の一ないし三、第五ないし二一号証、第二二ないし二四号証の各一、二、第二五、第二六号証、第二七、第二八号証の各一、二、第二九号証、第三〇号証の一、二、第三一ないし三六号証、第三七、第三八号証の各一、二、第三九ないし五七号証、乙第一号証、第二号証の一ないし二四、第三号証、第四号証の一ないし五、第五号証、第六号証の一ないし六、第七号証、第八号証の一ないし一八、第九号証、第一〇号証の一ないし八、同号証の九の一、二、同号証の一〇ないし一四、第一一号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三ないし五、第一二ないし一四号証、第一五号証の一、二、第一六ないし一九号証、第二〇号証の一ないし一〇、第二一号証、第二二号証の一ないし九、第二三号証、第二四号証の一ないし二三、第二五号証、第二六号証の一ないし一〇、第二七号証、第二八号証の一ないし四、第二九号証、第三〇号証の一ないし八、第三一号証の一ないし一一、第三二号証の一、二、第三三号証の一、二、同号証の三の一、二、第三四号証、証人B、同D、同J、同Cの各証言、原告X2本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告らのBに対する金員交付

Bは、前記前提事実1のとおり、昭和五七年に被告に入社して外務員の資格を取り、原告らに対しても証券取引を勧誘して、前記前提事実3のとおりの被告との取引を担当してきたが、昭和六一年頃から顧客から預かった金員を被告に入れないで個人的に流用するようになり、ことに平成二年にバブルが崩壊して以降は、損をかけた顧客に自らの負担で損失の填補をするに及び、そのための資金に窮することとなった。

そこでBは、顧客らに対して、個人的な運用であることを秘し、あくまでも会社(被告)が預かって会社で運用すると説明して右の資金を集めるようになり、そのために被告の「客方」という特別の口座に入金すれば通常の取引よりも高い金利での運用が可能である旨述べて勧誘を行い、実際には存在しない右のような制度があるかのように顧客らを信じさせて、同人らから金員を預かっていた。

このようにしてBが顧客から預かり、本件のごとき紛争を生じた件数は三七件に及んだが、原告らがBに金員を交付した個別事情は、次のとおりである。

(1) 原告X1

Cは、Bとは前記前提事実2のとおり遠い姻戚関係にあったものの、親戚ともいえないほど遠い関係であったので、さほどのつき合いはなかったが、やがてBが近所に住み、小さい子供の手を引いて証券取引の勧誘に来るようになったため同情し、昭和五八年九月一六日から自己及び夫である原告X1、さらには子名義で被告との取引を行うようになった。同原告は、高校卒業後a社に勤務していたものであり、C(同女も最終学歴は高卒)ともども証券取引は初めての経験であった。

なお、被告との間の正常な取引では、有価証券等を購入した時に被告から預り証の交付を受け、売却する時に右預り証に署名捺印のうえ被告に交付するという取引方法(預り証方式)がとられていた。

ところが、昭和六一年四月一日頃、Bから、「客方」という通常より有利な利率で運用できる特別な枠があり、その特別の預託金口座は限られた顧客のみが利用できること、右口座の金利は七・五パーセントくらいで、複利で運用されること等を告げられ、Bの右の言を信用したCは、特別同女を疑うこともなく「客方」を利用することにした。その際、Cは、Bに対し「客方」に関する説明資料等を要求したこともなかったし、Bから右のような資料を受領したり、詳しい説明を聞いたこともなかった。

右のようにして、Cは、Bから勧められるまま、原告X1の出捐のもと、別表「X1」欄記載のとおり、昭和六一年四月一日から平成三年一一月一日まで、合計二八回にわたり、合計三一一〇万三九九〇円を「客方」に入金する意思でBに交付した。なお、右のうち同別表番号28の一六〇万円は、後記のとおり、原告X4が出捐した金員をCが預かり、これをBに交付したものである。

原告X1の「客方」に関する取引は、Bが調達した被告の会社名が印刷されているノート(甲第四号証の一、二)に、Bが交付金額等の取引経過を記載し、正規の取引で用いるBの印鑑を捺印して確認するといった方法で行われていたが、その後Cは、被告から送付される書類に「客方」の取引が載っていないことから「客方」の存在に疑問を持ち、Bにその理由を尋ねたところ、Bから、被告内部のコンピューターには入力されているが、特別な口座なので通常の書類には載らないとの説明を受けたのでこれを信じていた。また、Cは、同様の疑いから、昭和六二年頃及び昭和六三年頃の二回にわたり、被告支店に直接電話をかけて「客方」の存在につき問い合わせたが、応対に出た被告の従業員は、証券実務で顧客勘定元帳のことを客方と呼んでいることもあって、右の問い合わせに明確な返答をせず、追って担当者であるBに電話をさせる旨回答するのみであった。

原告X1は、Cを通じて、昭和六三年三月以降平成五年六月頃までの間にBから合計九五六万三三五五円の返還を受けた(甲第三、第五三、第五六、第五七号証、証人Cの証言)。

(2) 原告X2、同X3

原告X2は最終学歴高卒の会社員、X3は最終学歴専門学校卒の技術畑の会社員であり、Bの勧誘により昭和六一年一〇月以降被告との証券取引を行っていたが、その回数はさほど多くなく、証券取引自体初めての経験であった。Bとの個人的な関係も特になかった。

なお、被告との間の右の正常な取引における社債、投資信託の取引については前記の預り証を発行せず、代わりに保護預り口座の証券残高の一覧明細が記載された「お取引明細書」を交付する方式(取引明細書方式)がとられていた。

ところが、原告X2は、平成二年一月頃、Bから、「客方」という通常より有利な利率で運用できる口座があり、取引額が一〇〇〇万円を超える顧客のみがこれを利用できること、同原告とその父親の取引の合計額が右金額を超えたので「客方」を利用できること、右口座の金利は通常金利より有利であり、複利で運用されること等を告げられ、同女の言を信用して、「客方」を利用することにした。その際、同原告は、Bに対し「客方」に関する説明資料等を要求したこともなかったし、Bから右のような資料を受領したこともなかった。

その後、原告X2は、Bに対し、別表「X2」及び「X3」欄記載のとおり、平成二年一月二九日から平成四年七月一五日までの間、合計六回にわたり、原告X2が出捐した合計八〇四万八一三七円と、原告X3が出捐した六〇万円を「客方」に入金する意思で交付した。

両原告の「客方」に関する取引は、いずれも被告との正規の取引でも用いられる「申込金手数料計算書」と題する被告作成の用紙に、Bが日付、数量、金額等を手書きで記載し、同人が被告の正規取引でも用いる印鑑を押捺するといった方法で行われ、原告X2は、Bに右各金員を交付する都度、Bから右の書類(甲第五ないし一〇号証)を受領した。

原告X2は、平成四年暮れ頃、Bから、「客方」に入金した金員のうち、一一〇万九五六七円の返還を受けた(甲第二六、第四九号証、原告X2本人尋問の結果)が、原告X3は、金員の返還を全く受けていない。

(3) 原告X4

原告X4は弁当店を営むものであるが、その妻Dは、姉であるCからBを紹介され、Bの勧めにより、昭和五八年一〇月以降、原告X4又は自己名義で被告との証券取引を行ってきたが、証券取引はともに初めての経験であった。なお、被告との間の右の正規の取引においては、前記の取引明細書方式がとられていた。

Dは、平成二年八月二〇日、Cに対し、被告との取引を行う意思で、原告X4が出捐した一六〇万円を預けた。その際、取引の種類や銘柄等を指定することはせず、Bに任せていた。

その後、Dは、Cから、右の一六〇万円は「客方」と呼ばれる特別な口座に入金されたこと、「客方」なる制度には特別な枠があり、X4名義では預けられないのでX1名義で預けてあること、通常よりも有利な運用がされること等を聞いたが、有利な運用がされるのであれば都合がよいと考えてそのままにしておいた。

次いで、Dは、平成五年八月三一日頃、Bに対し、中期国債ファンドを購入するため、原告X4出捐の一六〇万円を交付したが、その後、原告X4及びDの知らないうちに、Bは、同年九月一〇日、原告X4が先に購入していた投資信託(太陽MMF)を勝手に解約し、右解約金と前記預り金一六〇万円のうちの六〇万円とを合わせて、D名義で別の投資信託(太陽フェスティバルファンド)を二八一万一四二二円で購入し(なお、右太陽フェスティバルファンドに係る取引は、Bの手続ミスにより、本件のDと同姓同名の「D」名義でされた)、右預り金一六〇万円の残金一〇〇万円は、Bによりほしいままに「客方」に入金されてしまった。

原告X4は、右のようにして「客方」に入金された合計二六〇万円について、全く返還を受けていない。

(二) 被告の対応

(1) 被告は、前記のとおり昭和五八年九月以降原告らとの正規の取引を行っていたが、この場合には、被告がコンピューターを用いて作成・印字した次の書類を概ね交付又は送付していた。

① 銘柄、数量、単価、金額等取引に係る事項を記載した「取引報告書・計算書」(取引の翌日、各原告に対して郵送)

② 銘柄、数量、単価、金額等取引に係る事項を記載した「お取引明細書」(売買代金の精算時に各原告に対し交付又は送付)

③ 累投・債投用受領証、受付票(金銭を受領した際に交付)

④ 前記のとおりの預り証又はお取引明細書

⑤ また、被告は、一年に少なくとも一回、預り金残高や有価証券等の預り残高を記載した対客照合通知書を原告らに対して交付していた。

(2) 原告らに対して交付された右の各書類には、Bが「客方」として受領した金員に関する記載は全くなく、被告は、Bの前記不正に全く気づかないでいたところ、平成五年一二月一七日に至り、原告らと同じくBによって被害を受けていた訴外Kが被告に対し問い合わせをしたことが契機となって、Bの右不正が発覚した。

被告は、これを機にBの不正行為を調査し、顧客に対しても、Bに対する金員交付を裏付ける客観的資料の提出を求めた結果、平成六年八月一七日以降、三〇数名の顧客との間に示談を成立させた。

2  以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

この点、原告X1の金員交付を裏付ける資料については、Bが作成した前記ノート(甲第四号証の一、二)によるところが多く、特に、別表「X1」欄の番号1、23に関してはその資金の出所を明らかにする客観的資料がなく、また、同番号16、22記載の金員の交付に関してはその資金源となった証券取引と本件取引の日時が相当離れている等、同原告の金員交付の一部について、その事実の存否に全く疑問がないわけではない。

しかし、B及びCの各証言によれば、Bは、右のノートを本件取引に並行して作成し、これを両者間で金銭を授受する際の確認に用いていたことが認められ、右の作成経過で格別作為が働いていた形跡は見受けられず、また、原告らが本件取引によってBに交付した金員の出所を立証しようとする甲号各証と、原告らと被告との正規の取引経過を示す乙号各証の各記載、並びに右ノートの記載との間には、それぞれ本件取引の日付、金額等の点において、偶然とはいい難い程度に一致する部分が見られることを考慮すれば、右のノート(甲第四号証の一、二)は、結局のところ信用するに足りるものというべく、したがって、原告X1のBに対する交付金額は、前認定のとおり別表記載の全額を認めることができる。

3  次に、前記甲第五ないし一〇号証は、前認定の経過でBが作成したものであるが、前認定のとおりのBの意図及びその作成経過からすると、右各書証は、被告の正規の取引における書類として作成されたものではなく、被告の意思とは関係なく、Bの個人的意図で作成されたものと認められるから、右甲号各証が被告作成の文書として真正に成立したものとはいえない。

二  原告ら主張の預託契約の成否

右認定事実によれば、原告らはBに対し、その主張のとおりの金員をそれぞれ交付したこと、並びにBは被告の外務員である上、原告らに対し、「客方」を被告の正規の取引の一部であると説明し、少なくとも原告X2に対しては被告が正規の取引において使用する用紙を用いて金員交付の受領書代わりにしていたこと等から、原告らはBに金員を交付することによって、被告との間に預託契約が成立したものと信じたことがそれぞれ認められる。

しかしながら、前記甲第五ないし一〇号証が被告作成の文書としてはその成立の真正を認めることができない上、Bの右金員受領行為は、前認定のとおり、被告の正規の取引とは全く関係のないところで行われ、自己の不正を隠すために「客方」なる言葉を利用して原告らを勧誘し、これを被告との正規の取引と称して原告らから金員の交付を受けていたものであること、被告の立場からすれば、正規の取引が行われた際には当然とられるべき被告内部での正規の手続が、「客方」に関する手続においては全くとられていないこと、また、原告らの立場からしても、被告から「客方」の存在又は「客方」で運用されている証券の具体的内容や、返還された金員に関する計算書等について通知を受ける等してその内容を知らされたことがないことに照らせば、原告らの内心はともかく、原告らと被告との間に、原告主張の金員の預託に関する契約が成立したと認めることはできない。

したがって、原告らの主位的請求は理由がない。

三  不法行為の成否

右二にみた事情、ことにBの被告会社における地位、Bの原告らに対する説明内容、Bが原告らに交付した前記メモや計算書の内容に加え、本件取引が被告との間の正規の取引と並行して行われていることに照らせば、原告らにおいて、Bの言う「客方」の取引が正規の取引とさほど変わらないものであり、かつ、被告の特別な顧客であるが故に利益率が通常より有利な取引を勧誘されたものと認識することには無理からぬところがあって、Bにより行われた本件取引は、外形的にみて被告の職務としての外観を有するものということができる。

右の点に関し、被告は、原告らの故意又は重過失を主張して事業執行性を否定するが、まず、原告らがBの前記不正の意図や事実を知っていたと認めるに足りる証拠はない。また、原告らには、後記説示のとおりの過失が認められるものの、右にみたとおりのBの被告会社における地位、Bの原告らに対する説明内容、本件取引が正規の取引と並行して行われていたことに加え、原告X1については、CがBに「客方」についての確認をしたり、被告支店に直接問い合わせをしていること、原告X2X3両名については、金銭授受の際に被告との正規の取引で用いられる書面が使用されていること、原告X4に至っては、Dの積極的意思で「客方」取引が開始されたものではないこと等の事情に鑑みると、原告らに、被告の使用者責任を否定するほどの重過失があったということはできない。

したがって、Bが前記のとおりの虚偽の説明に基づく本件取引により原告らから金員の交付を受けた行為は、原告らに対する不法行為を構成するものというべく、被告は、その使用者責任を負うものというべきである。

四  過失相殺

1  原告X1

同原告に関する本件取引を行ったCは、前認定のとおり、「客方」の意味・内容についてBから具体的な説明も受けず、被告の正規取引であれば当然存することが予想されるパンフレット等の資料の交付も要求することなく本件取引を開始したこと、同人は、本件取引とは別に、被告との間で、同原告や子名義で多数回にわたる正規取引を行っていて、正規取引であれば被告から計算書等が送付され、それらの書面に本件取引に関する記載があって然るべきであるにもかかわらず、この点を確認せず、漫然とBの言を軽信して本件取引を長期かつ多数回にわたり継続したこと、「客方」の存在につき、被告に対して直接問い合わせをしてはいるものの、確答を得ないまま放置していること等、本件取引による損害の発生には、原告X1側の過失が寄与する部分も相当程度大きいというべきであり、その他前認定のとおりの同原告の職業、証券取引歴等をも考慮すれば、同原告側の過失割合は六割をもって相当と判断される。

2  原告X2及び原告X3

同原告らに関する本件取引を行った原告X2についても、前認定のとおり、「客方」の意味・内容についてBから具体的な説明を受けず、被告の正規取引であれば当然存することが予想されるパンフレット等の資料の交付も要求することなく本件取引を開始したこと、同原告も、本件取引とは別に、被告との間で相当回数の正規取引を行っており、正規取引であれば被告から送付されるべき計算書等に本件取引に関する記載があって当然であるのにこの点を確認せず、漫然とBの言を軽信して本件取引を続けたこと、「客方」の内容等につき被告に対し直接確認するのを怠ったこと等に鑑み、同原告ら側の過失も小さくないと認められるが、他方、同原告らの「客方」による取引は、原告X1のそれと対比して比較的短期間で終了していること、同原告らには、前記のとおり甲第五ないし一〇号証のように被告作成の外観を有する書面が交付されていること、その他前認定のとおりの同原告らの職業、証券取引歴等をも考慮すれば、同原告らの過失の割合はともに五割とするのが相当である。

3  原告X4

同原告に関する本件取引のうち、Dが一回目に交付した一六〇万円については、後日、Cから「客方」に入れたと聞いたのに、右の内容についてB又はCから具体的な説明も受けずそのまま放置した点に問題はあるものの、当初から「客方」取引と認識して右金員を預けたものではないこと、また、二回目の一〇〇万円については、前認定のとおり同原告及びCの全く知らないところで、Bがこれを「客方」勘定に入れたものであって、以上のような事情に照らすと、同原告側に過失相殺の対象とすべき過失を認定するのは公平の観点から妥当でないというべきである。

五  結論

以上によれば、原告らの主位的請求(預託契約)はいずれも理由がないから棄却し、予備的請求(不法行為)については、原告X1につき、Bに対する交付額二九五〇万三九九〇円(別表X1欄の番号28の一六〇万円は、前認定のとおり原告X4が出捐したものであるから、同原告の損害と認めるべきであり、したがって、原告X1の損害は、同原告の主張する金額から右の一六〇万円を控除すべきである。したがってまた、右の一六〇万円につき両原告の不真正連帯債権であるとする原告らの主張は採用できない。)の四割である一一八〇万一五九六円から弁済受領額九五六万三三五五円を差し引いた二二三万八二四一円、原告X2につき、Bに対する交付額八〇四万八一三七円の五割である四〇二万四〇六八円(円未満切捨)から弁済受領額一一〇万九五六七円を差し引いた二九一万四五〇一円、原告X3につき、Bに対する交付額六〇万円の五割である三〇万円、原告X4については、Bに対する交付額二六〇万円の全額、並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日と認められる平成七年七月八日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、右の部分に限り原告らの請求を認容し、その余の部分をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文、仮執行宣言につき同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和陽一郎)

<以下省略>

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